ご卒業おめでとうございます。
本日ご卒業される皆様そしてご家族はじめ関係の皆様に心からお祝い申し上げます。
本日は、本学の監事と経営協議会の方々、そして、卒業生の会である桜蔭会の会長、理事の皆様、名誉教授の先生方にもお出でいただきました。まことに有難うございます。
皆様が入学された4年前の入学式のときに、私は学長として初めて告辞を述べました。そして、皆様とともに4年間を歩んで参りました。
この間の大きな課題は、学士課程教育を充実させるための教育改革でした。それは、文系と理系という区別を前提としない「新たなリベラルアーツ教育」と既存の専門領域を学生が主体的に超えるための「複数プログラム選択履修制度」というお茶の水女子大学独自の教育システムです。
この教育システムの成果が開花するのは、まだ先のことですが、必ずや皆様は本学での教育を個性的に活かされることと確信しています。
そして、この4年間で最も衝撃的で忘れられない出来事は、2年前の2011年3月11日の東日本大震災でした。実家が被災した学生もいました。この大学では、その日500名ほどがこの講堂と体育館で夜を明かしましたが、この時私が実感したことは、このキャンパスに集う全ての人々の冷静さと寛容さでした。学生も教員も職員もそれぞれが適切に判断し、刻々と変化する状況に対応し、予測し、配慮をもって行動することで緊急の事態を乗り越えることができました。
思い出したくない災害ではありましたが、忘れられない出来事であり、このキャンパスに集う人々の豊かな人間性を実感し、誇らしく思えた貴重な経験になりました。
それ以上に、この出来事は大学という教育研究機関に身を置く私たちに、考え方の根本的な転換を強いることにもなりました。それは、大震災と、それに伴う原子力発電所の事故によるものです。私たちは、科学と技術の意味を改めて問わざるを得ない状況にあります。
近代以降、自然科学の発展は社会を質的に変化させました。自然は科学の探究によって次々と解明され、高度で精緻な技術の開発は、「第二の自然」とも呼びうる新たな環境を作り出してきました。情報化は時間と空間の隔たりさえも克服し、医療の進歩は生命の限界を拡大し、エネルギーは無限に供給されるかのようにさえ思わせる状況でした。ところが、科学技術の発展の中で、その恩恵に浴していた私たちは、予想をはるかに超える力が非情にも私たちの日常を瞬時にして破壊し、無に帰してしまうことを思い知らされたのでした。
日常性が危うさの上に成り立っていること、同時にそれがいかに貴重であるかも痛感させられました。
ただし、科学や技術そのものが非難されるべき対象なのではなく、科学的知識を駆使して開発した技術を、我々人間が、如何に利用し、如何に制御し、そして支配しうるかを見極めることが重要な課題になっています。
私たちは学問によって新たな可能性を追求する道を閉ざしてはなりません。科学技術がもたらす利点だけに着目するのではなく、科学技術が人間にもたらす光と影の両面を見極めるために、高度で専門的な知識を基盤としながら、多元的で複眼的な視点を働かせる必要があります。
科学技術がもたらす効果を盲目的に信じるのでもなく、また、忌避するのでもなく、人間の認識には限界があることを意識しながら、真の豊かさを探究することが必要なのであり、これは高等教育を受けた者の役割であり使命でもあるといえます。
とくに皆様は、物事を多角的に探究する方法を学び身につけているはずです。そのような人々の考え方や発言が、これからの社会では重要な役割を果たすに違いありません。本学で学んだことを、それぞれの仕方で効果的に活かす努力をしていただきたいと思います。
ところで、この講堂では、先週から今週にかけて附属学校の卒業式が連日行われてきました。附属学校の卒業生の総数は442名でした。幼稚園から高等学校までの児童、生徒がこの講堂から、新たな学びのステージへと歩みを始めました。
そして今日、お茶の水女子大学の学生505名が卒業の日を迎えました。これから皆様が進む新たなステージは、学びの場というより、これまでの学びを活かす「社会」という場です。しかも、社会は既に出来上がった空間なのではなく、皆様が新たに創り上げる場です。
社会の状況は極めて不透明で、経済情勢においても国際関係にも多くの課題が山積していますが、複雑化した問題を解決する糸口を見出し、社会を活性化させるために、今とくに期待されているのは、高度な教育を受けた女性の社会的活躍です。
女性の活躍が社会の活性化のカギをなすことは、昨年秋に東京で開催されたIMF総会の際に、「女性が日本の経済を救いうる」と語ったラガルド専務理事の言葉を始め、様々な場面で指摘されています。その理由は、従来の物の見方とは異なる新たな観点や考え方が今必要とされているからです。これまで十分に活かされてこなかった女性の活躍が、複雑な課題を解決するきっかけになると考えられているからだといえます。
本学のリーダーシップ教育は、この社会的な動向に沿ったものであり、既に皆様は様々な形でそのリーダーシップ教育に触れてきたことと思います。そのリーダーシップ教育も4年前に体系化し本格的に開始した教育プログラムですが、このプログラムで想定しているリーダーは、単に組織の長として、責任と権力をもった存在を意味するだけでなく、自らが属する場を担い、これを有効に機能させる存在です。重要なことは、確かな知識に基づいて、社会を新たな方向に導くことのできるリーダーです。
皆様が将来リーダー的役割を担ったとき、あるいはリーダーとなることを求められたとき、力を発揮する基礎は既に身につけているはずです。将来、可能性を実現させる準備は整っているに違いありません。このことは、既に多様な分野で社会をリードしている多くの卒業生の活躍からも明らかです。
今ほど女性の社会的活躍が期待されることはこれまでなかったようにも思います。この状況の中で、皆様が大学で習得し鍛え磨きあげてきた知を力として、豊かな未来を実現するために、最大限その力を発揮していただきたいと思います。
「人間の未来は、自然の出来事のようにおのずから生じるものではない。今、そして瞬間ごとに、人が為し、思惟し、期待することが、まさに人間の未来を築く根源となる」(K.Jaspers, Vom Ursprung und Ziel der Geschichte, 1949)といわれます。
人間の豊かな未来を築く役割が皆様には期待されているのであり、そのための力を皆様はこの大学で培ってこられました。その証しが、今お渡しした学位記です。その力を携えて、勇気をもって新しい可能性に挑戦していただきたいと願っています。
皆様とともにこの大学で4年の日々を過ごすことができましたことを感謝し、皆様の活躍を期待しながら、私はあと少しだけ、このお茶の水女子大学が、大学としていっそう発展するために、そして、本学で学ぶ学生がこの大学を一層誇りに思える大学とするために、力を注いでまいります。
本日ご卒業される505名の皆様の将来が輝かしいものでありますよう心から期待しております。
重ねてご卒業を心からお祝い申し上げ、告辞といたします。
まことにおめでとうございます。
平成25年3月22日
お茶の水女子大学長
羽入 佐和子
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