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2020年6月17日更新
飯村 周平(東京大学大学院教育学研究科教育心理学専攻
東京大学特別研究員?日本学術振興会 特別研究員PD)
岐部智恵子(お茶の水女子大学基幹研究院 研究員)
東京大学大学院教育学研究科の飯村周平 東京大学特別研究員とお茶の水女子大学基幹研究院の岐部智恵子研究員の研究チームは、ストレスなどの環境刺激から影響を受けやすい繊細な子どもたち(Highly Sensitive Child)の情緒的適応が、高校進学にともなう学校環境の変化によって、どのように影響を受けるのかを検討しました。
その結果、繊細な子どもたちとそうではない子どもたちの情緒的適応に発達的な差異が確認されました。従来、繊細な子どもたちは、環境の変化によってネガティブな影響を受けやすいと考えられてきましたが、実は彼らは環境の質が良好であれば、情緒発達的に良い影響を受けやすいことが示唆されました。
本研究の結果から、繊細な子どもを「変化や困難に弱い脆弱な子ども」とみるのではなく、「良くも悪くも影響を受けやすい子ども」として発達の可塑性に焦点を当てたニュートラルな視点から再考されることが期待されます。この成果は、発達心理学領域で影響力の高い国際誌Developmental Psychologyにて、2020年6月12日に早期公開されました。
子どもたちは、さまざまな環境から影響を受けて育ちます。この環境の受け取りかたには個人差があり、この特性を感覚処理感受性(注1)といいます。感覚処理感受性がとくに高い子どもは、Highly Sensitive Childと呼ばれ、従来は、その繊細さのために、困難な環境に置かれたときに情緒的適応上の問題が生じやすいと考えられてきました。しかし、最近では、この見方は見直されつつあります。新しい理論では、感受性の高い子どもは、困難な環境からはネガティブな影響を受けやすい一方で、好ましい環境からはポジティブな影響を受けやすいと理解され始めています。本研究では、これを確かめるために、青年期においてほとんどの子どもが経験する学校環境の変化に着目しました。私たちは、中学校から高校への学校環境の変化に応じて、感受性の高い繊細な子どもがどのような情緒的適応の変化を示すか調査を行いました。
〔方法〕
調査では410名(うち女子205名)の子どもたちを募集し、彼らを中学3年生3月と高校1年生5月の2時点にわたって追跡しました。子どもたちは、1時点目で自身の感覚処理感受性と最近2週間の情緒的適応について質問紙に回答し、2時点目で学校環境の変化の知覚と再び最近2週間の情緒的適応について回答しました。
〔結果〕
子どもたちの感覚処理感受性と知覚された学校環境の変化の交互作用が、高校進学前後の情緒的適応の発達にどのような影響を及ぼすかを分析しました。その結果、子どもの感覚処理感受性が高いほど、学校環境の良好な変化が情緒的適応の改善に関連していました(資料 図1)。一方で、感覚処理感受性が低い子どもの場合では、学校環境の変化が悪い方向でも良い方向でも、情緒的適応への影響は確認されませんでした。
〔考察〕
私たちの研究知見は、感受性の高い繊細な子どもたちを「変化や困難に弱い脆弱な子ども」とみなす従来の見方よりも、新しい理論が示すような次の見方が適切であることを支持します。すなわち、「感受性の高い繊細な子どもたちは、その敏感さゆえに環境の質に応じて良くも悪くも大きく影響を受けやすい」という見方です。したがって、今後は感受性の高さを適応における「可塑性要因」として検討していくことで、子どもの発達理解に新たな展望が開けるものと期待されます。
注1 感覚処理感受性とは「深い認知的処理、ささいな環境変化の察知、強い情動的?共感的反応、刺激に対する圧倒されやすさ」といった特徴で説明される比較的安定した気質的特性を表します。この特性は、感受性に関与する遺伝子型(例:5-HTTLPR s型)や中枢神経系の敏感さの結果として、繊細な特徴が心や行動に現れてくると考えられています。
題目:Highly Sensitive Adolescent Benefits in Positive School Transitions: Evidence for Vantage Sensitivity in Japanese High-Schoolers
著者:Shuhei Iimura, Chieko Kibe
雑誌:Developmental Psychology
DOI:10.1037/dev0000991
https://doi.apa.org/record/2020-40851-001?doi=1