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2024年1月29日更新
2023年10月10日 第2回
10月にスタートした2023年度秋学期の講座では、4カ月の講座期間を通して、学生のみなさんが自ら社会課題を発見し、テクノロジーを活用して解決する方法を考えます。解決の手段としてアプリ開発にもチャレンジし、その過程にアバナード社員も伴走。学生たちの主体的な学びを後押しします。
講座の第2回では特別講義として、青山学院大学地球社会共生学部長の松永エリック?匡史さん(以下、エリックさん)をお招きしました。エリックさんはプロミュージシャンとしての経験と経営コンサルタントの経験から「アーティスト思考」を提唱しています。お茶大のみなさんにソーシャルイノベーションに取り組んでいただくにあたり、この「アーティスト思考」をぜひ学んでほしいという思いから、特別講義が実現しました。
ずばり、「アーティスト思考」とは何なのか。「デザイン思考」とはどのように異なるのか。そして社会課題に取り組む上で、なぜ、思考の転換が必要なのか。学生だけでなく、広くみなさんに知っていただきたく、講義の内容を凝縮してご紹介します。
<松永エリック?匡史(まつながえりっく?まさのぶ)さんプロフィール> 幼少期を海外で過ごし、15歳からプロミュージシャンとして活動。システムエンジニアに転身後、コンサル業界に。2018年よりONE NATION Digital & Mediaを立ち上げ、大手企業を中心にデジタル変革(DX)のコンサルを行う。2019年、青山学院大学 地球社会共生学部 (国際ビジネス?国際経営学) 教授に就任、2023年より同学部学部長。 |
15歳でアーティストデビューし、ミュージシャンとして経験を重ねた後、コンサルティング業界に軸足を移したエリックさん。コンサルティングを始めた当初から業界全体に対する違和感があったそう。
エリックさん「コンサルティング会社は独自のメソドロジーを持っています。しかし『なんでこんな決められた手法で顧客を喜ばせることができるのだろう』と疑問を抱くことが多かった。マネージャーとしてプロジェクトをリード出来る立場に上がったときに、自分が思うやり方を試してみたのです。それが予想以上にクライアントに受け入れられ、次第に方法論として確立していきました。
コンサルティング方法論に縛られず、アート的な直感を尊重するアプローチは、イノベーションの源泉となる可能性が高いと実感しました。方法論は過去の成功体験に基づきデータや分析に頼りますが、アート的な直感は創造力と独自性を重視し、未知の領域への探求心を鼓舞します。
アーティストのように、直感に従い、感性を活かすことで、新たなアイデアや視点が生まれ、既存の方法論では見過ごされる可能性のある機会を発見することができるのです。
イノベーションは、規則に縛られず、大胆な発想とリスクを伴う冒険から生じることが多い。アート的な直感は、そのような冒険を可能にし、新しいアイデアとアプローチの開拓者となることにも寄与します」
アーティスト時代の経験を生かして自身のコンサルティング手法を確立する一方、世の中ではDXの流れの中で「デザイン思考」が徐々に浸透していました。
エリックさん「デザイン思考を参考に、自分が実践してきたアーティストとしての完成を活用した発想法とコンサルティングのスキルを組み合わせて、もっとクライアントの満足度を高めて、もっと新しい事業が想像できて、もっとみんながワクワクできる世界をつくることができないか。そう考えてたどり着いたのが、『アーティスト思考』です。
『アーティスト思考』は『アート思考』ともまた異なるものです。アートとアーティストの発想にはいくつかの違いがあります。アートは一般的に抽象的で表現的であり、感情や思考を芸術的な手法を用いて表現することに焦点を当てます。アーティストはこの表現のプロセスを担当し、しばしば直感的で自由なアプローチを取ります。アーティストは自身の感情やアイデアを芸術作品に投影し、観客に感じさせたり考えさせたりします。
一方、デザイナーの発想はアイデアの生成や問題の解決に関連し、アーティストが自分の内面から感情を引き出すのに対してより目的志向的で、システマティックなアプローチを取ることが一般的。ロジカルで分析的なプロセスに重点を置いています。
要するに、アートの発想は感性と表現に焦点を当て、創造的な自由さがあります。アーティストは感情やアイデアを芸術作品として表現します。一方、デザイナーの発想は問題解決や革新に焦点を当て、システマティックなアプローチやロジカルな思考が主要です。いずれも重要な役割を果たし、異なる文脈で活用されます」
なぜ、「アーティスト思考」が必要なのか。エリックさんは前提として、「VUCA」とも呼ばれる先の見えない時代の中で、世界にどのような変化が起きているのか、現状を整理します。
エリックさん「まずはコロナ禍。学生のみなさんも我々教員も、大学に行かなくてもオンラインで授業ができるようになり、ビジネスパーソンの働き方や価値観も大きく変化しました。
そして、異常気象。2023年の夏は本当に暑かったですよね。日差しが痛いくらいでした。
加えて、テクノロジーの進化。オンラインで会議をするのが当たり前になりました。会社に来なくても仕事はできるし、学校にこなくても授業ができることを実践し、体感しました。」
そもそも「VUCA」とは、「Volatility(変動性)」「不確実性(Uncertainty)」「複雑性(Complexity)」「曖昧性(Ambiguity)」の頭文字をつなげた言葉。1990年代後半にアメリカの国防総省が使い始めた軍事用語です。背景にはテロ組織、アルカイダによる脅威がありました。国ではなく一組織が大国を脅かすという前例のない事態から、予測不能な状況、不透明な未来を意味する「VUCA」の時代が始まったと言われています。
エリックさん「経済の世界で『グレートリセット』という言葉が生まれ、今まで当たり前だったシステムをすべてリセットしよう、白紙に戻そうとダボス会議で提言されました。
『グレートリセット』は、経済フォーラム(World Economic Forum)が提唱した概念で、世界の経済?社会の再構築を指します。このアイデアは、COVID-19パンデミックのような危機を契機に、持続可能な開発、デジタル技術の導入、格差の削減など、新たな方向性を模索するもので、環境への配慮、技術の革新、社会的公正の向上を重視し、グリーンエネルギーやデジタル化などを通じて未来の持続可能な経済構築を目指しています。世界が直面する課題に対処し、持続可能な未来を築くための戦略的なアプローチとして注目されています。
具体的には地政学や気候変動などのリセットが挙げられていますが、私は『個人』のリセット、一人一人の価値観のリセットというのが一番大きな要素なのではないかと思っています。ただ会社のため、出世のために働くのではなく、『この仕事は自分にとって良いことなのか』という観点で仕事を考える人が増えてきた。個人が自分自身のやりたいことを考える時代になってきているのです」
働く一人一人の価値観が変われば、当然、企業側の姿勢にも変化が求められます。アメリカの経済学者は「社会課題に取り組まない企業には価値がない」と断言。投資家たちもそれに倣い、企業が職場のダイバーシティやワーク?ライフ?バランスを考えているか、適切なガバナンスを行っているかなどを注視しています。社会課題は「責任(CSR)」ではなく、「やらなければいけないこと(CSV)」であるという意識が企業の間で共有されてきました。
エリックさん「CSR(Corporate Social Responsibility)からCSV(Creating Shared Value)への流れは、企業の社会的責任に対するアプローチの進化を示しています。CSRは企業が社会的な責任を果たす取り組みを強調し、社会に貢献する活動に重点を置いています。一方、CSVは企業が社会的課題をビジネス戦略に統合し、社会的なニーズを満たしながら同時に収益を追求することを強調します。CSRは寄付や慈善活動に焦点を当てることが多かったのに対し、CSVは新たなビジネスモデルを通じて社会的?経済的な価値を同時に創造しようとするアプローチです。この流れは企業が単なる善意の活動から戦略的な社会的価値の追求へと移行し、持続可能な競争力を高める方法の一つとして注目されています」
現代の学生たちのようなデジタルネイティブ世代の価値観も、ビジネスに新しい風を吹き込んでいます。
エリックさん「FacebookやInstagramはもちろん、airbnb、WeWork、Uberなどの名前を学生のみなさんも耳にしたことがあるでしょう。それらのイノベーティブなビジネスを生み出した経営者はミレニアムアントレプレナーと呼ばれています。
ミレニアムアントレプレナーは、伝統的なビジネスモデルに挑戦し、常識を覆す起業家です。彼らは規則にとらわれず、革新的なアイデアを探求し、デジタルテクノロジーを駆使して新しい市場を開拓します。
しかし、その“変人”ぶりは単なる反抗心だけではなく、社会的な使命にも根差しています。環境への配慮や社会的公正に熱心で、ビジネスを通じて社会問題に取り組みます。彼らはリスクを恐れず、失敗から学びながら成長し、国際的な視野を持ち、多様性を尊重します。その柔軟性と使命感が、新たなビジネスモデルの創出や社会変革を推進し、世界に革命をもたらす可能性を秘めています。彼らは、大企業にはない発想で新しい事業を立ち上げて、通信やホテルなど各業界の大手企業を脅かす存在となりました」
エリックさん「『デザイン思考』は仕事を発注する顧客がいることで初めて成立する、課題解決型の思考法。納期や予算などの制約の中で、クライアントの抱える課題を解決するために設計されます。
対して、アーティスト思考はもっと直感的。そもそもアートというのは一人称、つまり表現者自身の感性や直感、思いや官能を土台に作り上げていくものであるのに対し、デザインは自分以外の誰か、クライアントや友人、恋人のために設計図を書いて、それに基づいて作っていくもの、という根本的な違いがあるんです」
エリックさん「人間の感性というのは、時に絶対的な法則すらも超越します。音楽の基本となる音階もその一つの例です。
皆さんがよく知っておいるドレミの音階は、古代ギリシャの哲学者?数学者のピタゴラスが発見したもの。ピタゴラスは数学的なアプローチで弦の長さと音の高さとの関係を研究し、音程間の比率を整数で表現できることを突き止めました。これが音楽理論の基礎となり、さらにさまざまな楽器や声楽における調和を追求する上での基礎にもなっています。
その後ピタゴラス音階は『純正律』に発展し、12音階を等間隔に分割する『平均律』に辿り着きました。平均律は、半音ごとにすべての音程が等しい音程の間隔で分割されています。これに基づいた調律法により、どの調性でも演奏や作曲が容易になり、調性間の移行が滑らかに行えるため、西洋音楽において広く使用されています。ですが、人間の感覚はこの均等な音階を超越したところで響きの心地よさを感じ取るので、オーケストラや合唱などでは平均律とは異なる『純正律』が使われるのです。
世界的に有名な画家?藤田嗣治も、非常に化学的なプロセスから恐ろしいほど美しい奇跡の乳白色と言わしめた白い肌を描いたことで知られています。あの乳白色に至るまで、果てしない道のりの中でどれだけのコストがかかったことか。限られた予算の中で要望に応える“デザイン”ではなく、採算を度外視して自分の作品のために追究する“アート”だからこそ、あの色が生まれたわけです」
一方、藤田嗣治には“デザイナー”の側面もありました。日中戦争が終わり、日本に強制送還された後、彼は戦争画家として、当時まだ発達していなかった写真に変わって戦争を伝える絵を描いています。その後、絵本の制作にも取り組んだ藤田は、デザインの楽しさ、誰かのために描く喜びについても語っています。アーティストとデザイナー、それぞれに異なるアウトプットの喜びがあると、エリックさんは語ります。
誰かを満足させるためのデザイン思考は、極めてビジネス的な考え方。アーティスト思考は、もっと多角的な視点から自分を表現したいというところが起点になっています。この違いを示した上で、最後にエリックさんは、これから社会課題に取り組む学生たちに向けて、ソーシャルイノベーションにもアーティスト思考が必要である理由を伝えました。
エリックさん「ソーシャルイノベーションで本当に大切なことは、自分の『痛み』。ある社会課題に対して、自分は何に痛みを感じているのかを自覚し、その痛みを和らげるために何をするべきかを考えることが重要です。受け身の姿勢ではなく、自分に目を向けて、一人称の視点で行動につなげていく。アーティストがクライアントではなく自分のために創作活動をするように、誰かのために必要だからやるのではなく、自分が課題に対して覚えた切実な痛みを取り除くために行動する。こういう意識を学生のみなさんにはぜひ、身に付けてほしいと思います。
私が最も尊敬するアーティスト、マイケル?ジャクソンは、人種差別や環境問題に対して音楽でメッセージを届けた社会活動家でもありました。彼は自分の子どもと街中を歩いていた時、子どもと肌の色が違うことで『本当にあなたの子どもなの?』と他人に言われたエピソードをきっかけに『Black Or White』という曲を創りました。ミュージックビデオの最後、当時画期的だった技術『モーフィング』を使って、世界の人種は一つであることを訴えました。
もう一つ、1995年の『Earth Song』という曲もぜひ、MVを観てほしい名作です。『私たちはどれだけ地球環境をぞんざいに扱ってきたのだろうか』というマイケルのメッセージに共感することができるか。
地球環境が危機的な状況にある、ということは誰しもが知っていることではありますが、なかなか自分ごとと捉えてアクションにつなげることは難しい。だからこそアーティスト思考で、自分自身が痛みを感じるところから、社会課題を自分ごととして考え、真のインパクトを生み出すことが始まると思います」
特別講義を終え、受講生のみなさんには今、世界に何が起きているのか、自分が本当に痛みを感じる課題についてリサーチする、という課題が提示されました。アーティスト思考についての講義を経て、学生たちによる社会課題に対する取り組みはどのように進化していくのか。今後も定期的に講義の模様をお届けしていきますので、ぜひご期待ください。